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知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

アイヌはなぜ国家を作らなかったかの話

 文字を必要とする民族は、管理することを目的として始めます。簡単に言えば、税金の取り立て記録や、人員への命令の記録や、支配の正当性の記録や、貢ぎ物の記録がなければ口頭だけでは確実ではないからです。特に、命令が、伝達ゲームでは管理できません。支配者一人の言葉は、同等に被支配者に伝わらなければ間違いや誤解によって違う結果とならないようにするために共通の合図が複雑化する中で、文字として発達していくのです。逆に言うと、管理社会でない民族には文字は必要性はないのです。ですから、文字を持たない民族や文化が劣っていて、文字を持つ文化が優秀なのではありません。統一国家のような集団を集合させるような構造を持たない民族には文字は必要ではありませんでした。アイヌには、文字はありません。では、食料の生産能力かと言えば、それも一概に言えません。例えば、沖縄は、稲作が出来ても、大きな国家を作ることをしませんでしたし、武力も大きくなく、薩摩に征服されてしまいます。縄文後期に稲作を初めて止めてしまった縄文人もいます。稲作という視点で見る場合には、人工の増加と言うことは重要です。アイヌ民族は、どうやら3万人程度で推移したようで、人口の大きな増加はなかったようです。ですから、国家も作らなかっただけでなく、武闘集団を作るには人工的に困難でした。では、なぜ大和は国家を必要としたかというと人口に対して貧しかったからと言えます。つまり、生活的に困らなければ、民族は国家を必要とせず、独自の生活を維持します。困窮する民族は、略奪を求めて強い武闘集団を形成するために国家が必要です。アイヌの生活が貧しかったというのは間違いで、物が豊富で有ると言うことと生活が豊かであると言う事は一致しません。何故なら、アイヌ民族は、他の民族から孤立していたのではありません。接していながら、見習いたいと思わなかったのです。憧れなかったのです。大和朝廷は、遣隋使も遣唐使も使って、中国に憧れ、中国の文字を真似、律令制度を真似ることに最大の力を尽くしました。

 貧しい地域ほど武闘は強かったのです。確かではありませんが古事記で言えば、九州の阿蘇山の噴火で、九州の北部・中部は痩せた土地で大変だったので豊かな土地を求めて征服の旅に出て、ついにたどり着いたのが大和朝廷の前身と言う事と読めます。征服することによって、貢ぎ物を頂く。それが国の豊かさだったのです。朝貢という貢ぎ物を古代の国家は中国にしています。同様に、国内では同じ方式で、国家は地域から貢ぎ物をさせることで成立していました。都会に憧れる人も、憧れない人もいます。必ずしもものの豊かさが、憧れとはなりません。ものの豊かさに憧れなかったアイヌは、国家も作らず、武力で制圧されました。