知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

ゆらぎが自然崇拝の原点の話

       日本古来の楽器に、尺八があるのですが、なんでこんな楽器が定着したのかを考えてみると意外と面白かったと言う話です。色んなことに日本風という事が出てくるのですが、日本風って何、西洋風でも中華風でもないってどんなことと問われると意外にこうだと言う特徴を語るのは難しいと思うのです。実際、中華風と言っても時代で大きく変わっています。唐や漢などと言う時代には男性も長く髪を伸ばしていますが、清の時代は辮髪と言う独特のものです。西洋風と言ってもイギリス風もフランス風もドイツ風もイタリヤ風もと言われたら何が西洋風なのか結局ぼんやりとしか分からないという事もあります。ところが、この尺八の歩みを見ると日本風の傾向が見えてくるように思えるのです。尺八は管楽器に現代では仕分けられます。尺八と同じ管楽器はフルートとなりますがこの違いを見ると実に分かりやすいのです。西洋の笛の原点は、動物の骨と言われています。骨の空洞を利用して遊んだのだと言われ、穴の開いた動物の骨も遺物として発見されています。さらに、骨だけでなく、リコーダーとして植物の葦を利用したり、オカリナのような形状の石笛(いわぶえ)や土笛もあったそうです。東洋では、竹がありましたから、楽器としては簡便な竹の活用が多く見られます。陶器は、東西でも楽器としては大きな発展をしませんでした。日本でも、竹がありましたから骨を使用する事はありませんでした。ここで日本が独自になっていくのは、西洋が、全音であれ半音であれ、一つ一つの音が正確に出るための工夫を追及していったという事です。音を正確に出すための穴の数も直指だけでは出来ない穴を器具によって可能にする工夫が進むのです。始まりの、フルートの穴は、5~7個から始まるのですが、どんどんと増えていき穴を制御するためのキーがどんどん増えて今のフルートのようになっていったという事です。一方尺八は、中国の唐から雅楽の楽器として奈良時代に日本に伝来しました。正倉院には当時の尺八が残されています。この頃の尺八の手孔は6つで、現在の尺八より1つ多くあったのです。複数の音を出す為には、穴の数は重要です。少ない穴では、押さえる指先で微妙な調整が必要になりますから、よほど熟練しないと音の調整が難しくなります。にもかかわらず尺八は、穴を一つ減らしてしまうのです。つまり、音が不安定になるにもかかわらず敢えて不安定の中に音を見つけようとするのです。その求めた音が「ゆらぎ」というのだそうです。この「ゆらぎ」は日本独特の感性だと言われ、日本風そのものだという事が出来るという事です。「ゆらぎ」と言うのは、ある量の平均値からの変動をいうという事で、簡単に理解するとドの音の周辺もドに含まれると考える事だといわれます。ですから正確なドではないという事です。当然不正確な音が含まれているのですから音は濁った状態になります。一音だけならそれもいいでしょうが和音としてドミソが一時に流れればいわゆる汚い音になるという事です。ではどんな事が「ゆらぎ」なのかと調べると、星の瞬き、ろうそくの炎の揺れ、川のせせらぎ、木漏れ日、蛍が放つ光、小鳥のさえずり、 心臓の鼓動規則正しさの中にある若干の不規則さ、 この両方があってゆらぎと言えるのだという事です。つまり、正確な音と不規則な音が混ざり合っていながら「きれい」「美しい」と感じることが「ゆらぎ」という事らしいのです。言い方を変えれば、より自然に近い音の追及で、正確な純音は自然にはないと言う考え方かもしれません。これは、とてつもない事です。単音の追及は出来ますが複数音の統合は簡単ではありません。しかも、偶然に出来上がっている、意志をもたずにあっちにこっちに揺れることではなく、意志を持ったうえで統合して自然の物まねではなく、人工音でありながら「きれい」と感じさせることは至難の業としか言いようがありません。私なりの理解では、自然の中には鉄鉱石はあっても鉄は無いと言う考え方だと思うのです。自然の音に近づける努力ではなく、人が出しても自然の物であるという事を実現したいという事だと思うのです。「ゆらぎ」は、自然の物まねではなく、自然と調和するという事ですから、日本風と言うのは、人工物であっても自然と調和する事ではないかと思うのです。ですから、フルートは同じものは作れますが尺八には出来ません。自然には同じものは無い中で、自然に調和する音を出す。これは、崇拝としか言いようがありません。

 

ジャーナリズムだ報道だといっても偏っているの話

-小川雅朝容疑者(32・以下ハウル)が16歳の少女に対する東京都の“淫行条例”違反で警視庁に逮捕されました。その4カ月前、NHKクローズアップ現代+」は「トー横キッズ」を特集した時に、この犯罪者をトー横に集まる子供たちの救世主かの如く取り上げました。そして、同番組は2月のギャラクシー賞月間賞を受賞したとして担当者は鼻高々だったし、報道の力を持って社会正義ぶった主張に得意になっていたと思うのです。しかし、当の犯罪者は天下のNHKの重要な番組でお墨付きを貰ったように犯罪を繰り返し被害者を増やしていったのです。小川容疑者は、自身を「ハウル」などと言う偽名を使用して炊き出しのような事をして集まる青少年にエサをまいては未成年の少女を物色し獲物としていました。本人は、隠れ蓑として清掃ボランティア団体「歌舞伎町卍会」と新宿区に任意の届け出をしていますが、代表者を別人にするなど本名を知られない様にしていました。何故なら、小川容疑者は、石川県在住時20代の時、未成年少女を連れ出した条例違反や別の少女に対する強姦容疑などの逮捕歴があったからです。報道として本名を公表しない事は自由でも、本名も言えない、素性が分からない人間が行っている事の背景に何があるかを探り伝えるのが報道だと思うのです。バラエティーではないのですからNHKが本気で調べればおかしいと気づくはずです。他のマスコミが、本名も素性も明かさない事を理由に慎重な対応をしていたのに、NHKは放送し賞までもらっていたにも関わらず「取材過程で犯罪が疑われるような情報には接していませんでしたが、放送後、番組で取り上げた人物が逮捕されたことは遺憾です」で終わりなのです。少なくとも放送後の4か月は犯罪に加担したのと同じですから責任の一端があります。こんなはっきりとした報道の失敗があっても、きちんと謝罪なんかしないのが報道です。にも関わらず報道はいつも正義感に溢れて、他者の失敗に対しては執拗に謝罪を求め、自分たちの報道が社会に貢献していると言った迷いのない自信に溢れた態度でいるのです。ところが、今日のようにインターネットなどの情報手段が複数得られるようになってくると、多くの人が実際は報道そのものの偏りに気づき、信頼感を低下させている事に気づくべきです。それは、間違えがあっても責任を取らない無責任体質と、報道が、正義面をしながら多くの反社会的な「プロパガンダ」に加担している事への責任問題でもあるのです。例えば、安部元首相が深く関わっていた「統一教会」。ネットは直ぐに「統一教会ではないか」と提示していましたが、報道はずっと「宗教団体」としか報道しなかったのです。もっとひどいのは、犯人の叔父さんが明確に宗教団体名を言っているのに、隠していた事です。この事は、統一教会が、霊感商法で叩かれたのを契機に政治や報道に深く関わって報道で叩かれないための方策を十分にしていたことの実績でもあり報道が必ずしも正義でも中立でもない事を証明しています。同様に、ウクライナとロシアの戦争でも、善人と悪人の構造で報道していますがそんなに単純な事ではない事が明確なのにそれを放送しません。結局、報道は国家の意志に忖度して経営されている事を正直に話すべきだし、正義の使者なんかではない事を明言すべきなのです。ロシアを悪人とするプロパガンダによって、日本の防衛費が増える片棒を担ぎながら、8月になると平和を語るのも報道です。本当は、新聞社もマスコミも「経営」という事を大前提として時の権力におもね、収入の根源者にひれ伏し、販売と言う購入者の関心を買う為に記事を書いているのであって、正義感はその付録だという事を宣言すべきなのです。報道が忖度したことで犠牲になった人がいるという事も事実ですし報道の自主規制が正義を曲げてしまったこともあります。戦前の報道のようなことが再び起き始めています。香港を見れば、報道を黙らせることなど権力にはいとも簡単であることを証明しています。どっちへ偏っていますよと正直に言えば、反面として受け取る事も出来ます。偏らない報道を叫ぶより、どっちへ偏っているかを話す方が報道として適切だと思うのです。ジャーナリズムと言う言葉に酔って、正義を振り回しても、情報提供者の一つに過ぎない事を自覚すべきだと思うのです。

縄文時代が1万年続いた理由の話

    今から約1万6千年前に始まったとされる縄文時代は、約1万年以上続いたとされ、一つの時代がこれほど長く続いたのは世界でも類がないと称賛する声もあります。青森県の北にある大平山元遺跡からは1万6500年前の縄文土器が出土している事からも間違いはないのですが、長く続いた理由は、ユーラシア大陸の東の果ての島には興亡を繰り返す要件は無かっただけだと思うのです。実際に国ではなく民族として同一生活を長期にわたって続けた民族はエスキモーを含めて世界には多数存在します。土器文化は、世界の他の地域でもほぼ同じように発生するのですがいわゆる文明と言われるところは、集団的な組織体制などに移行して、戦いに明け暮れる社会体制に入っていったと為に更なる武器の発明工夫によって他人集団が肥大化したに過ぎません。つまり他人集団は、利害を求めて戦うと言うのが原点で、利害の攻防が可能な地域いがいでは、平和が続くと言うだけの事だと思うのです。実際、渡来人が多く押し寄せる弥生時代には、家族や親族集団程度の縄文人は淘汰されていくのです。生活に必要な衣食住程度しか満たしていなかった孤立的地理条件にあった島は、多民族が押し寄せる要件もなかったのです。その名残を持つ、アイヌが国家を必要としなかった事にも繋がっています。ネアンデルタール人が家族単位で暮らしていたことから、他人の集団の集まりであるクロマニヨンによって吸収されていくように、親族集団の所有観や貧富の差観には比べ物にならないほど、他人集団は人間関係での、凶暴性が強くなっていくのです。アマゾンの少数民族もインカやアステカのような国家を作らなかったことから、今でもジャングルに暮らしていますが、大集団と接点が出来るたびに吸収されて行っています。縄文時代が長く続いたのは他民族による侵略を受けなかったことが大きな要因で、他民族が集団を維持するために必要とされる資源も宝もなかったことによると思うのです。研究者によっては、縄文時代が1万年続いた理由として、狩猟や採集といった自然と共存しながら生活を送り、身分や階級がなかったために最も争いが少なかったと称賛しますが、それは違うと思うのです。母系社会で血縁関係の集団で大きくても500人に満たない集団では、身分制度そのものを必要としないし、生活には困らないが、貯蓄の出来ない生産性では、他民族や集団での奪い合いがなかったからにすぎないと思うのです。旧石器時代との大きな違いは、食糧事情を画期的に向上させた煮炊きが出来る土器だったと思うのです。その、土器の製法も縄文人が開発したのではなく、ユーラシア大陸との交流によって得られ、独自の発展をしただけだと思うのです。縄文土器の作り方の変化から、草創期、早期、前期、中期、後期、晩期の6期に分けられますが、そこにも交流があったからの変化と思われます。それは、アイヌであっても独自の文化を継続してはいても交流によって得られた鉄器などを使用している事からも古代の民族はそれほど閉鎖的ではなく、もっと開放的に交流していたと思われるのです。旧石器のように、マンモスなどの大型獣の狩猟で移動していた時代から、集落を形成したとしても農耕のような定住ではなく、周囲にシカやイノシシが不作になれば簡単に移動したと思われます。確かに栗の栽培などの痕跡はありますが、定住する必要などなかったと思われるのです。それは、人口で考えることが出来ます。仮に戦いもなく、生活が安定していたのなら、縄文時代の人口推定も右肩上がりに増加していくはずです。しかし、実際は西には少なく、東には多く、日本列島全体で縄文時代早期の人口が2万人、前期が11万人、中期が26万人、後期が16万人、晩期が8万人と推定されています。西方には人口が少なく、東方に偏っていたのも単なる食糧事情によると思われます。この事からも日本列島は他民族が侵略したくなるような魅力に欠けていたから最果ての地の貧しい縄文人は放置されていただけにすぎないのであって、平和で身分差別のない自然と調和した生活をしていたと言うのは少し違うと思うのです。その人口が、弥生時代には59万人と増加するのは、稲作による食糧事情が改善されたからに過ぎません。日本列島を襲った気候変動期との関係もありますが、総体としては温暖化により氷が解けて、縄文再海進とよばれる海面の上昇があったり、縄文時代晩期の気候寒冷期に入ったりと環境の大きな変化があっても飢えてはいなくとも他者が略奪したい物はなかったと言えます。その結果土地が大事な農耕民の移動によって縄文人は淘汰されていくのです。縄文では、栗の栽培など食物の栽培もしていますが、稲作は灌漑などの工事を伴います。工事は簡単に出来ませんから、出来上がった収量の多い田は守るべき固定された対象となります。より栽培しやすい土地は争奪の対象ともなります。ですから縄文人が平和的で弥生人が戦闘的なのではなく、持ち運べない人工物を守る事が武器と武人を必要としたのです。いつでも移動可能な縄文時代には守るべきは人間そのものですから逃げると言った手段が有効でしたが、工事によって作られた人工物を守るには戦うと言う手段が必然的に必要になったのです。弥生時代の稲作農耕社会によって穀物の貯蔵可能になった事で富が生まれ、貧富の差が生まれたと言う説もありますが、定住によって環境を変えてきた人工物を作る守る事は、集団での行動であり、集団行動の効率的運用は指揮命令系統の確立で、結果として力により統制が普通に必要になったのだと思われます。ですから、縄文時代が1万年も続いたのは、守るべき対象が大きく違ったことだと思うのです。人工物としてクリを栽培していても十年近く成長しないと収穫は望めませんし、何百人もの人間を食料として維持するには栗林は余程大きくなければなりません。親族家族単位だから満足できる程度で、他者が奪い取るだけの価値はありません。対してコメは毎年その田の大きさに比例して収穫できますから、奪い取る価値が十分にあったのです。毛皮やクリなどでの広い範囲での交易の遺物が出ているように縄文人は閉鎖環境ではありませんでしたが、1万年以上続いたのは、辺境の貧しい田舎だっただけだと思うのです。

物で釣る、ふるさと納税は、税金の割引制度でしかないの話

     地域支援として、ふるさと納税制度が始まって10年が過ぎようとしていますが、自治体間の寄付獲得競争が過熱したり、返礼品がネットショップ転売されたりと問題や課題が次々と出てきています。その原因は、ふるさと納税が、物で釣る事による損得勘定で運営されているからです。本来の目的である地域や地方の振興と言っても、零細企業もなく、返礼品製造会社もなく、農産業も廃れ、人の流失による衰退が続いている地域にとっては、ふるさと納税制度自体が活用できないし、都会からのお情け金で何とかなると言うものでもないからです。2021年度のふるさと納税の寄付総額が前年度比1・2倍の8302億円だったと発表されていますが、国が地方へ交付している約17兆円でさえ地域の衰退が止まらない経過からするなら、その成果も望むべきではないものです。しかも、ふるさと納税は、ふるさとを出てきた人達が思いを寄せると言う感傷的な事は微塵もなく、誰でもが利用できる制度として損得勘定全面で運営していますから、何の見返りも用意できないふるさとなど相手にもされないのです。この制度を利用している自治体も自治体で、損得勘定に訴えて利害丸出しで取り込もうとしていますから、経費も十分掛かって多くの利益など望めないのです。19年度の制度改正で、返礼品を金額にして寄付の3割以下の地場産品に限り、全経費は5割以下と定められているのですが、21年度の寄付に対する返礼額の割合は全体で約3割、全経費の割合は約5割という結果が出ていて正に上限いっぱいまで経費を掛けているという事です。これは、単純に考えても、本来の税額の半分しか収入になっていないという事の証明でもあります。トップだった、北海道紋別市は納付額が約140億円と言いながら実際手にできるのは費用を差し引いた約70億円です。紋別市にしてみれば、通常の税収入が30億円程度ですから約2倍の税収を稼いだことにはなり大成功という事になりますが、本来徴取できる自治体に普通に納税されていたなら140億円が税収になっているのでから、住民税としては半額になってしまっている事の方が大きな問題だと思うのです。つまり、2021年度のふるさと納税額が、8302億円であつてもその3割の税金で物品を購入して、その手数料として2割引かれて頂いた代金が、約4000億円となった税金が地方に配られたと言うだけの事なのです。しかもその3割引きの商品と交換できるのは、所得税との関りもあり複雑な計算もありますが、ふるさと納税として使用できるのは、納付する住民税の2割の範囲ですから、高額納税者ほど購入できると言えるのです。住民税をはらっていない貧困世帯は買えないということです。さらに返礼品を現金化すれば、マネーロンダリングの如く払った税金が戻ってくるということにもなるのです。この事は、結果として、多額の住民税を支払う裕福な層に対しての減税的役割を担ってしまっているとしか思えない状況だと言えるのです。ふるさと納税を、肯定する人たちは、都市部の人が地方に関心を持つ機会になると言いますが、この様な感覚自体が、都市部が上位と言う考え方で、都市部から田舎へのお情けのような感覚を高めているに過ぎません。田舎から都会へ出稼ぎに出てお金を持ち帰る時代もありましたし、親元へ都会から仕送りをすると言う時代もありましたが、このふるさと納税制度も豊かな都会から貧しい田舎にお金を恵む感覚がこびりついた制度でしかありません。確かに、経済的格差は、人口にも大きく影響を受け、文化的格差や生活の格差、そして価値観を含めた多様性や柔軟性にも格差が出ます。どんな幸せ論を論じても、経済的格差は絶対的に強い要素であることは間違いありません。貧しい地方を応援しようと言うもっともらしいこの制度は、実際は都市の中でも裕福で余裕のある納税者にとっての節税の手段に取り込まれているという事が問題として指摘されるべきだと思うのです。ふるさと納税制度は、地方の自治体を応援する趣旨で、返礼品による損得勘定で行うべきものではないと説明されていたのに、ネットを中心とした「大々的な損得勘定丸出し」返礼品競争を煽って広報してきたことで、2021年度の寄付件数は前年度1・3倍の4447万件で、いずれも過去最高を更新しています。この事実だけで利用者数が拡大し、寄付総額は16年度から5年で約3倍になったと騒いでいますが、本来の趣旨に戻ってまるまる金額が自治体に入る返礼品なしの体制にしたなら見向きもされない制度へ戻るだけだと思うのです。地方の課題の一つに、ローカル線が赤字で廃止されると言う事があります。交通網と言うのは移動手段で移動手段程地域の格差を今日では大きくしています。鉄道は人も運びますが運輸の幹線でもあります。人も物も移動に困難がある事が今日では一番の障害になってきています。ですから、ふるさと納税で助けるべきは、一つの町や村単位ではなく都市との距離感なく人も物が流通できるインフラの維持や整備に使用するべきだと思うのです。

 

研究者の無知と利己的欲望がアイヌの遺体を貪るの話

    考古学や歴史学の研究者にとっては大発見でも社会的には些細な事が実際には多くあります。その発見は、その研究では画期的な事だとしても社会的にはどうでもいい事の一つに歴史学があります。人間は、過去から学ぶことはあっても、過去からの学びを実践する事はありません。例えば恋愛。過去からの失敗例がどんなにあっても自分は自分でしかありません。例えば戦争。過去からの無残な事があっても戦争は続いています。例えば権力。組織を人間が作った時から延々と権力闘争を続けています。これらの意味からするなら、過去を学ぶことと現世を生きていくことは、参考にはなりますが共有されるものではないのです。ですから、歴史学者の村では最重要な事も、今の生活に一生懸命であるほど些末な事なのです。本来、歴史を学ぶことは過去への敬意を払う事の方が重要で研究者の現世利益につながるものとは違うと思うのです。一万年も続く縄文人がどこからきてどこへ行ったのかはとても興味深いテーマですが、その時代を生きた人々への敬意が失われていればそれは唯の研究者が現世の利益の為に利己的に宝探ししている事と変わらないと思うのです。今、考古学では、遺跡や墳墓から発掘される人骨などのゲノム解析によって、考古学者たちが一生懸命考えた研究成果が覆されるという事が起きています。それまでは、遺跡から出土する遺物や遺品に頼って、論議し権威と構築されてきたものが、ゲノム解析などでひっくり返せるのですからこんな愉快な事はありません。特に、国という形態がなかった古代の住民の墓は、考古学という学問研究の為ですと言えば自由に暴くことが結構簡単に出来ました。出来なかったのは天皇陵と言う古墳で、明治の時にいい加減に指定したものでも国家が墓守となっただけで立ち入り禁止になっています。同様に、墓守がいる寺などの墓も守られています。しかし、先住民族には墓守がいません。その結果、先住民族の墓は簡単に発掘と言う言い方で暴かれ、遺骨を物扱いする態度が顕著になってきています。遺骨が、ゲノム研究の試料の一つになった時から、検体として墓を掘りたくなる衝動を抑えられなくなってきてもいます。その被害者が実は、アイヌなのです。江戸時代程度であっても、寺に行って墓を掘りたいと言うなら大騒ぎになりますが、墓守を否定されたアイヌの墓なら了解されてしまうのです。その行き過ぎに、2018年に、日本文化人類学会、日本人類学会、日本考古学協会北海道アイヌ協会の代表が倫理規定を検討し始めましたが、未だに成立していません。その理由は、墓が掘りにくくなり遺骨が手に入りにくくなるからです。先住民であるアイヌ研究は、縄文人がどこから来たか、どこへ行ったかにとって重要な鍵となりますから、半ば強引に採血するなど人権を侵害する人体調査や、資料や遺骨の不当な取り扱いがあって、批判されたりしているのですが、研究者は平然とアイヌを研究材料としか見ていないのです。「カナダでは1万年前の遺骨も先住民族に返す」という事があるのは、「国連の『先住民族の権利宣言』に遺骨返還の権利定められている」事にもよるのですが、日本のアイヌに関してはやりたい放題であることは変わっていないという事です。研究者にとって「日本人の起源」を明確にすることはすごいすごい研究だと思っています。実際、この研究に文部科学省が5億円の予算をつけて18年度から5カ年計画で有力研究者を参加させる大型研究事業も行っています。その犠牲にアイヌの墓が盗掘の如く暴かれて、遺骨が持ち去られていたりしているのです。「日本人の起源」が分かって、日本人は優秀だ、単一民族だと吹聴したい人がいるのも現実ですが、一般の人には「そうですか」程度の事でしかありません。自分のルーツを探すと言うような流行もありますが、先祖が偉ければ良いのですがどん底の名もない民の一人だったとわかっても世間話のネタにもなりません。祖先に敬意を払うように、先住民に敬意を払うのは当然で研究がその為に進まなかったとしても研究姿勢の社会的評価にとっては、有意義な事だと思うのです。天皇家が、古墳の指定について間違っている事が指摘されても、既に盗掘にあっている事が分かっていても祖先の墓を発掘する事などないと否定する国にあってアイヌなら掘ってもいいと言うのは民族差別以外の何物でもありません。縄文人弥生人が違っていようと現代人のゲノムとどう類似していようと違っていようと、遠い古代には人間はもっと自由に往来し混血していたのですから研究者の手柄の為に、祖先の尊厳を損傷すべきではないと思うのです。

宗教の教祖こそサタンの手下だろうと言う話

「人間の堕落によって世界はサタンの王国になったので、クリスチャン以外の全世界はサタンに支配され、サタンの腕に抱かれており、人間はサタンの奴隷であり、クリスチャンになるとはサタンの支配から神の支配に移されることを示している」と言うのがサタンについてのクリスチャンの大まかな話だと思うのですが、そんな話をそれこそ見てきたように話しているのが「神」ではない、ただの人間である「教祖」だという事が大きな問題だと思うのです。何故なら、教祖自身がクリスチャンだと言う証明など一つもないのです。キリストの13人の弟子でさえ裏切り者がいたのに、そのずっと後の教祖がクリスチャンだなんて誰が認定できますか。権威者が王であることをどうしても民衆に認められる方法を探し続けたように、教団なんて仲間内で証明書を発行しあっているにすぎず、教祖の誰もキリストや神から認証されてはいないのです。つまり、自称「クリスチャン」「坊主」であって本当はサタンのしもべでありスパイかもしれないのです。サタンの事を「悪魔・悪霊の統率者」などと言われますが、神はサタンの状態はどんな形か示さなかったので、教祖だってサタンにあったって分からないのです。人間は、神の形を模して創られたと明確に大事な本には書かれていますが、サタンはないのです。アダムとイブの話では蛇がそうだと言う話もありますが、「角が生えて尻尾があり、三つに分かれた武器を持つ」という「悪魔の典型的な姿」は中世の終わりの頃に描かれることが増えただけで神が教えてくれたものではありません。このサタン像は、布教に使用する絵画の為に、必要に迫られて人間が勝手に創造したものにすぎず、偶像崇拝を禁止するキリスト教の布教上、視覚的要件として絵画などが盛んに用いられた時に、悪役としてのサタンを描かなければならなくなっただけなのです。悪魔に関しては、キリスト教を信じる人からは、もっともっと深い理論があるとして、「大天使ルシファー」のことも知らない癖に勝手な事を言うなと言われそうですが、悪役を作って自分を正当化すると言うのは人間の狡さの原点ですし、宗教というものの成り立ちの原点でもあると思うのです。最初に神を作り、その偉大さの引き立て役としいて作り上げられたのもサタンですし、地獄だと思うのです。それだけではなく、宗教には、来世という考え方を持つものが多くあって、今世で頑張らないと来世はもっと不幸になると脅し、教祖と教団が現生の利益を貪ると言う事は普通です。特に先祖を持ち出す宗教は、今世の苦労は、前世に何もしなかったためとなり、今世の不幸の原因は、先祖の不始末が原因となります。だから先祖から救われていかないと今世の自分も来世の自分も救われない事になるので、自分が先祖の不始末を今世で浄化することによって、来世には地獄へ行かなくてよくなると言う風に組み立てられてしまいます。信者は、艱難辛苦を乗り越えて今世で頑張らなければならない事になるのです。そこまで追い詰めさえすれば、信者は、救済される為に、どんなに動員されようと財産を全て捧げようと、祖先と自分を救う手段ですから何の不思議もない事になります。そして、宗教の狡さは、絶対に教祖は、悪くなく、すべてのいい事は神の祝福で、すべての悪い事は信心が足りない事に帰結しますから信者に自発的な言動をさせることは簡単な事になるのです。こんな単純な事でも世界で見るならこの現世でさえいまだに宗教が信者に不利益を振り撒いていても神は教授し解決し助けてはくれないのです。例えば日本では科学的だと進化論が定番ですが、アメリカでは天地創造は神がしたと信じる人は半分いると言われています。もう一つ厄介なのは、自分が救われるには、他者を入信させなければならないと言う宗教のねずみ講方式です。相手を助けることが自分を助けることになると言う事は、自分の為に相手を巻き込んてしまう事は親切でも人助けでもない事に気が付かない事です。新興宗教ほど布教と言う勢力拡大に熱心ですから信者にサタンの奴隷となっている人々を救う事が命じられます。布教活動は人を救う事だと教えられ信じていますから、相手を救おうと言い寄ってくるのです。余計なお世話であり加害行為であっても正しい事だと洗脳されていますからなおさら厄介なのです。信者に、あんたは騙されていると言えば、あなたこそ騙されているの世界になってしまうのです。そうやって、信者の不幸は洗脳が解けるきっかけがあるまで続くのです。私に言わせれば、全知全能の神なら、サタンだろうと悪魔だろうと人間に悪さするものは、神がさっさと退治すれば良いだけなのです。グズグズとキリスト教は2000年も放置していると言うのもいかがなものかなのです。それに、何も、信者が戦わなくても神がサタンを退治して、サタンの国から解放すればいいだけなのです。そうすればどんな宗教であろうとサタンから解放されますので、キリスト教と平和に共存できるのです。ところが、みんなが平和に共存するという事が嫌いな教祖は、布教という活動を起こさせるために、悪役を殺したりはしないのです。この様に言うと無神論は、地獄に落ちることになるのですが、古代から現代に至るまで無神論と信仰、進化論と創造論など、さまざまな対立軸で人間は議論を繰り返していますが、その論議の一部をつまみ食いして、教祖と教団が現世利益を得ている連中がいるという事が問題なのです。最近の事例では、旧統一教会など信者の不幸の上に教団があるのですから教祖はサタンの配下と言うべきだと思うのです。

 

僕らは戦場に行かなかっただけで戦争を知ってる世代ですの話

 「戦争を知らない子供たち」と言う歌が反戦と言う感じで歌われて、なんとなく満足していた世代に「だから平和ボケ」なんて言われるんですよという話です。「知らない」という事と「参加していない」という事は全く違うと思うのです。戦後日本は、長く戦場には参加しませんでしたが世界の戦争には間接的に加担してきました。第二次世界大戦後の日本の社会では、二枚舌を使い分けることで軍備も着々と整えてきましたし、世界で起きている戦争に経済という名で深く関与してきました。旗も上げない、人も出さない、だったら金を出せと脅されて税金を投入してきました。国がそんな加担をしていることを知りながら他人事のように、テレビで沢山の戦争を見てきたのは私たちの世代です。ですから、齢70歳を超えて自分が兵士として動員される事が無くなった今、子どもたちが兵士として動員される事など永遠にないように願うのがこの世代の務めだと思うのです。周囲にも様々な意見はありましたが、他者を「平和ボケ」と言いながら戦争を肯定する好戦的な煽りを叫ぶ高齢者に出会うととても残念でならないのです。そして、そんな風に戦争を煽る人が、実際の戦争には行かず打算で戦前・戦後を生きてきたことを歴史から学んでいるのも私たちの世代と思うのです。安部元首相が来ると言うので有名人見たさに憲法改正の集会に行ってみました。いろんな方が10分程度の演説で、自民党案が良いとか、戦後の憲法はGHQが作ったとかを、話していましたが、自衛隊の後援会会長と言う74歳(うる覚え)の女性が出てきて、自衛隊は軍隊にしなければならないとか、自衛隊員は、命を懸けて国を守っていると言うパフォーマンスを声高に始めました。日本人は、サムライだ、自衛隊は武士だと叫ぶのです。自衛隊に後援会がある事も知りませんでしたが、後援会と言えば通常は応援団であって後方支援者でもあると思うのです。それが挑発者の如く自衛隊が軍隊になりたがっているような事を叫ぶのは、当の自衛隊でも迷惑ではないかとしか思えませんでした。それに、70歳過ぎのあなたは、戦場へ行く事はないでしょうが、仮に隣国が攻めてきたときに、ためらうことなく、自分の子供や孫に兵士になって軍隊へ行けと言った時子供や孫は何と答えますかと質問したいぐらいでした。戦場へ行く兵士が他人の子供であったとしても、過去、誰一人の兵士だって死にたいなんて人はいなかったと思うのです。その女性が日本人が戦場に行かなくてよかったことを感謝することなく、逆に「日本は平和ボケしている」と叫ぶことに、「日本文化の礼」の精神さえも学んでいないという事を感じました。有名な孫子の兵法にも「百戦百勝は善(ぜん)の善なるものに非(あら)ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」(謀攻篇)とあるのは、戦うなら必ず損害が出る。それを繰り返せば、国力は低下していつかは負けてしまうという事を書いています。つまり、目の前の戦争よりも長い目で国の存続を考えていかないとならないとも言っているのです。「平和ボケ」などと言っていますが、労働力としての若者を軍人として待機させたり、戦場に送らなかったからこそ、戦後の経済を支えられたという事をもっと認識すべきだとも思うのです。私たちの世代は、銃は持たなかったけれど世界の経済戦争にはずっと参戦し続けてきたから今の経済があると思うのです。そして、僕らは、世界の命を交換する沢山の戦争を知ってる世代です。朝鮮戦争に始まる戦後の世界に起きた沢山の戦争で、どれだけ人が死んだかを知っている世代です。そんな私から見るなら、あなたが一番平和ボケしていると言いたい思いでした。「命」と「生活」が失われる戦争にならないように、喧嘩の仲裁をするのが年寄りの役目だと思うのです。戦争はスポーツではありませんから、勝っても負けても人が死に町が破壊され、生活が脅かされる事を知っているぼくたちの世代は、戦いを鼓舞する人達に「まあまあ」と言える世代であるべきだと思うのです。議論として防衛論を語る事は大切ですが、戦争を推進するような煽りは、ゲームじゃないと言うべきだと思うのです。身内が戦争で死んだことのない「平和ボケ」の世代と言われても、僕らは戦争をちゃんと知っている事を言いたいのです。チベット動乱、ラオス内戦、コンゴ動乱ベトナム戦争中東戦争、ビアフラ戦争、北アイルランド独立運動カンボジア内戦ナミビア戦争、アンゴラ内戦、 ウガンダタンザニア戦争、ソ連/アフガニスタン侵攻、ニカラグア内戦、クルド民族、ロヒンギャ民族、 イラン・イラク戦争アフガニスタン内戦、エチオピア内戦、湾岸戦争ユーゴスラビア紛争、ソマリア内戦、コソボ紛争チェチェン紛争東ティモール紛争、イラク戦争、死人が出なかった戦争などありませんでした。生活が破壊されなかった戦争などありませんでした。兵士だけでなく、市民が死ななかった戦争などありませんでした。その一方で命を懸けて守ったはずの国は、死者の気持ちなど顧みることなく、権力争いの中で利権を求めてうごめく連中にいいようにされてしまいます。生きていなければ守れない事が一杯あります。国の為に死ぬのではなく、国の為に生きているから国を守れるという事でもあると思うのです。