知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

2016-03-01から1ヶ月間の記事一覧

乙武氏が不幸を感じたと思う話

障害者の性に関しては、慎重な部分で通常の社会感覚より配慮されています。それだけに興味本位で覗き込みたいと取り上げられることもありますが、個人の生活の事でありた普通の感覚で一般の人と同じ程度に、詮索をすべきことではありません。それだけにマス…

偉いと錯覚する人の話

例えば、運転免許、自動車教習所で教官が間違えた話をしたところで、反論もしないし、賛意も挨拶程度にして、ただ話を流しながら我慢するのは、受講し、教官が了解しなければ、免許を獲ることが困難になるからです。ですから過去の教習所では、大変威張って…

観光なんて当てにならないの話

町おこしといって、観光事業を試みると言う事は沢山あります。特産品をつくって販売すると言う事もあります。でも、テレビで有名になって人が押し寄せても、長続きはせず、やがて廃れてしまうところばかりです。町おこしが必要だと言う町は、町の活性化と言…

志無き福祉でも日は暮れるの話

人は、志だけで行動しません。生活するという条件との兼ね合いで行動を考えます。現代であれば、どれだけのお金がどの様な形で得られるかと言う事は、重要です。志としての行動が社会で行われれば、事業と考えられますから、人間は、事業と生活のバランスが…

上位に立つと人は悪く変わる話

偉くなると人は変わります。本人は、変わってないと言いながら、立場の違いだとか、決定と責任が重いからと言い訳もしますし、それまではしなかった、自己主張もします。それは、上司としての自分の能力が、認められたと思ってもいるからです。そして昨日ま…

怒りと叱り、誉めるの違いの話

どんなに言い訳しても、怒り無く叱ることはありません。つまり、教えると言う事は、教えるべく内容を、本人が拒否しても無視しても、 説得し納得させ会得させればいいのですから、通常教え方は、教える人が決めているだけです。教えて貰う側には、教え方の選…

稲作が多数を幸福にしたわけでは無いの話

縄文時代の、狩猟採取は大変でしたから、稲作の導入は歓迎されて弥生時代へ移っていったと学校で習い、狩猟採取の日暮らしのような生活より、農耕という計画的な生活に移行したことは進歩だと説明されます。そして、定住農耕から、工業へと移行出来る事が、…

酔ってないと言う酔っ払いの話

通常酔っている人に「酔っている」というと、酔っていないと返ってきます。そこには、酔ってはいけないという潜在意識があるからです。日本の古来の考え方に「神人共食」と言うものがあります。神と人とが同じ場所で同じ物を食べることによって、神と人が一…

「気」が見えるようになる話

気という字は、「湧き上がる雲」の意味と「穀物の穂の枝の部分とその実」の米粒のように小さい物の意味があり、「蒸気・水蒸気」も含むと言う漢字で、心・精神に関わる熟語がずらりとあります。気質・気運・気炎・気概・気軽・気位・気苦労・気心・気質・気…

馬と武士と名誉の話

人は、自分の憧れ感覚からものを見ようとします。そしてそれが違っているとなーんだとがっかりします。特に歴史に関しては、事実よりもこうあるとかっこいいと言う感じで虚構を作り上げやすいところがあります。過去の読み物・歌舞伎・芝居・講談など誇張さ…

喫煙は中毒症状の身近な事例の話

喫煙は、身近な中毒症状の実例と言えます。中毒症状は、疾病ですから疾病状態の人に日常では接することはありません。また、中毒になっている人が、自分が中毒と言う事はありませんし、外観からでは分かりません。ところがニコチン中毒者は、人前での喫煙と…

花言葉は私語になるの話

花言葉というと何となく優雅な感じがしますが、現実には、花の名前さえ知らない人にとっては、本名の他にあだ名があるという感じで、自分の感覚で良いなと思って購入した花が、花言葉を知っている人から、そういうことなどと言われたら驚いて返品しようかな…

汚れも穢れも洗濯できるの話

有名な魏志倭人伝には、倭人の男子は成人・子どもにかかわらず、顔や身体中に入れ墨をして、魔物の害を避けたと書いてあります。そして、人が死ぬと死後十日程度、喪に服すとして肉をたべず、喪主は泣き、他の人達は歌ったり踊ったりして酒を飲む。喪があけ…

人権を武器にする人の話

戦争がない平和な社会は、誰でもが想像できます。しかし、人権の守られている社会を想像出来る人はいません。なぜなら、どんな社会なら、全ての人権が守られているのかを誰も示してはいないからです。ですから、人権の先進国であるフランスやイギリスでも人…

雑草は農耕がはじまってからの話

縄文時代には、雑草という考え方はありませんでした。雑草というのは、栽培種という物から見ると、栽培種ではない草という意味でしかありません。つまり、人間が選んだ物以外は、雑草なのです。しかも、それは変化しているのです。縄文時代には野菜の栽培を…