今の学校で習ってはいないのかもしれませんが、過去には世界に誇れる日本の農業形態として「集約農業」という事が教科書に載っていました。簡単に言うと狭い土地であっても大規模農業に劣らない収穫があるという事の説明でした。農業の生産性の説明では、単位面積あたりの生産量を土地生産性といい、農民1人あたりの生産量を労働生産性と言うと説明されます。そして、大規模な機械化による農業では、一人当たりの生産量が高いと言われます。しかし、同じ土地の面積なら、多く獲れた方が優秀だという事で、日本は狭い国土の中で大変な工夫をして、アメリカのような大規模農業ではないが生産性は世界的に高いこれが集約農業だと自慢していました。確かに、同じ面積なら、1キロの収穫より3キロの収穫の方がなんとなく優秀に聞こえます。それを飛躍させれば、アメリカほどの土地があれば日本は何倍もの生産が上がると自慢してもなるほどと思い込んでしまいます。ですから、アフリカの粗放的農業やアメリカの大規模農業より農業技術は格段に上だと信じ込まされていました。ところが現実の日本の農業は、「三ちゃん農業」と言われるほどに既に衰退がはじまっていたのです。農家の働き手であった男性が、農業以外の職業に就き、残された「じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃん」で農業を営むことを指した流行語にもなった言葉ですが専業農家では暮らせない事を表現した適切な言葉でした。農家は、戦後農地解放がなされ小作人が土地を手に入れ、専業農家として自立するはずだったのに戦後復興の中で専業化する土地も資本もなかったのです。急遽1961年に農業基本法を政府は制定しましたが、機械化したくても入り組んだ農地にあっては効率よい規模の営農は出来なかったし、本来なら農家を支援するはずの農協も、当時の食糧管理法に依存したコメさえ守れればの対応で広い農業政策を持って農業の経営を支えなかったのです。集約農業なんて言い訳して、組合員に肥料や農薬を独占的に販売し借財農業を薦め続けられたのも「兼業農家」が多かったからなのです。農家は、農協から生活費までも前払い金のような借り方をして、機械まで購入することで、赤字か黒字かさえ分からなくなるような経営者とされたのです。小さな耕地に一家に1台と言うような機械化は農家に借財を負わせるだけだし、肥料と農薬でなければ生産性が上がらない農業によって、一家で働いてもその収支はトントンで収益が出ていないという農業になってしまいました。日本の食料自給率は高度成長期初期の1960年コメさえ食べていればの前提でほぼ100%でしたが、食の多様化が始まり安い小麦が輸入されるとともに、自給率も低下していきました。雑草一本はやさないような管理と農薬の散布による病害虫防除、多肥料の施肥で支えていた「三ちゃん農業」も母ちゃんはパートに行った方がお金になり、じっちゃんばーちゃんは、働けなくなって離農が進み耕作放棄地さえ出てきたのです。つまり、本当の集約農業を行うのなら、専業農家が増えなければならなかったのに農業人口は減少だけになってしまったのです。にも拘わらず今度は、「高品質な農産物」を作って輸出すればいいなどと言い出しています。ここにも日本はバイオを含めて高い技術があるなどと過信した態度が見て取れます。日本の農産物は、「高品質でおいしい」と自慢していますが、世界の潮流は、有機農産物市場であり、農薬の使用基準の強化であり、肥料への化学薬品の規制です。労働集約型・資本集約型で、生産性を上げ、高品質の農産物を作れば世界に販売できるなどと広報して再び農業の方向をミスリードしていると言えます。食料は防衛では武器以上に必要とされています。戦国時代でも「兵糧」を持たなければ戦いに勝てないことが明確に示されています。現在自国の食糧自給率が40%を割っているのに、高品質で輸出こそ農業の未来を拓くなど独りよがりもいいところです。専業農家がサラリーマンと同等な労働条件で年収が500万円程度にならないと農業の従事者がダブルワークせざるを得ないし、離農したくなるのも仕方のない事です。農林水産省は、持続性の高い農業生産方式の導入の促進などと誤った方針を出していますが、食料は戦略物質と認識して、自国の食糧自給率を高める為に農業が魅力的な職業であるようにする対応をしなければ世界的な食糧危機が訪れた時、国内で生産しようとしたら耕作地が開発で荒涼としているという事になりかねないのです。