知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

系統樹から生命の誕生は消え、新しい種は出てこないの話

 ほっておくと悪さをするのがホモ・サピエンスです。正当性を述べながら、自分の利益ばかり考えて行動しているのもホモ・サピエンスの特徴で、集団行動するたびに、知らず知らずに他人まで巻き込んで、悪さの片棒を担がせます。日本の戦前は、今の北朝鮮並みに酷かったのに、国民全体が戦争に連れていかれました。戦後に気づいたとしても再びろくでもない人に振り回されてもいます。地球の最強生物として地球を制覇したのにゆとりもなく、敵が来るという妄想から抜け出すことが出来ないのが、ホモサピエンスなのです。ホモ・サピエンスの子孫は、この200年位で生活を大きく変化はさせましたが、裸のひ弱な人類の種の一つとして誕生し多くの捕食者を含めた敵におびえていた数十万年前の恐怖から今だに抜け出すことは出来ないのです。その、ホモ・サピエンスの不安感が、地球を痛めつけすぎて、新しい種が発生する機会が無いほどに傷つけてしまったとも言えるのです。進化は、世代のように受け継がれていく間に起こるものではなく、たくさんの種が発生する中で、残っていくものの中で起こります。ですからこのままずっと時間が立てば、ホモ・サピエンスが進化して新しい種に変化していくと期待していたなら間違いで、進化した種は全く別のところで生まれるということです。分岐分類学というところが作成した、系統樹という図を誰もが見たことがあると思うのですが、進化の関係を樹木状に表現した図で、共通する祖先から、枝分かれしたとされるものです。そこでは、系統の分岐と枝の長さ・高さで、進化の程度や時間経過を表しているのですが、これは現在残っている生物を遡っていくと、という前提で見なければなりません。本当はもっとたくさんの枝があるのですが、すでに絶滅してしまったものや確定出来なかったものを除いてわかりやすくしているだけの物という条件で見なければなりません。化石などの形で残っていないものは空想も出来ないのです。この系統樹で学習すると、簡単には、私たちホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人の進化系だなどと勘違いしますが、そんな順番で進化するものではありません。誤解する人は、私たちの中から次の人類が生まれてくると勘違いしてしまい、超能力の子供が生まれると間違えてしまいますが、そんなことにはなりませんし、もし、次の種が生まれるのなら、ホモ・サピエンスが生き残れるのかは不確実です。猿の惑星ではありませんが、新しい種は、地球の片隅のどこかで突然のように生まれ、私たちホモ・サピエンスを駆逐していくかもしれないのです。新しい種は、数万年と言う地球の時間の中で出現していますが、新しい種が生まれる環境を、ホモ・サピエンスの子孫は、この200年程度の時間の中で地球規模で破壊するという行為を行い、アフリカにも、アメリカにも、ユーラシアにも新しい人類が生まれるような条件を著しく低下させました。もっと言えば、自分たちでさえ生き残れないのではないかというぐらい、地球をいじめているとも云えます。絶滅と誕生を繰り返した地球の生命の歴史は、新しい種の誕生を待たずに現生物で終わろうとしているかもしれないのです。ホモ・サピエンスはヒト属で唯一現存している種とされ、他の種は全て絶滅していると言われています。逆に言うなら、奇跡的に地球に生かされてきたということも出来ます。それなのに、お礼を述べるより先に地球に仇なすことをしているのですから、ほっておくと悪さをすると言ってもいいと思うのです。しかも、地球の活動の中で、多くの生物が死に絶える中、1000組から1万組程度しか残らなかったという夫婦の子孫が、こんなにはびこったと言われています。ホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人などよりずっと地球にかわいがってもらったのに、新しい新種の人類が発生できないまでに地球を痛めつけています。系統樹に命があるとするなら、新しい種が誕生する環境は失われ、生命の樹は、枯れたとも言えます。