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知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

句読点は、学問の公平化の話

   日本の文書に、句読点はありませんでした。それに筆文字で縦書きです。筆文字は、縦書きで右から左ですから、書いた文字の墨が乾かないと付いてしまうので、空中に腕を浮かして書くなどそれなりの訓練が必要です。逆に言うと、練習が必要なのに、昔は紙も墨も高価でしたから、お金持ちでないと読み書き自体が学べなかったのです。しかも読み書きの基本には、中国の孔子孟子儒学などの漢文が多かったので、読み書きが出来るやつは偉く、庶民は出来なくてもいいという環境だったのです。ですから、読み手の補助になる、読みやすくするという発想の、句読点は無かったのです。明治以後に出来た、句読点を付けた文書も、長く読み手を見下している感じで失礼なものとしてそんなに支持されなかったのです。ですから今でも、感謝状や表彰状・挨拶状には、句読点は無いのです。学問も、身分制度の中では重要な要素で、富裕であることが第一条件でした。明治の富国強兵の中で無知な平民を如何に教育するかの一環の一つが句読点でもあったのです。それまでも、無知な庶民に教える方法として、図解は広く用いられていました。宗教で言えば、曼荼羅なんかもその一つで、路上に広げて仏法を説くのに使っていました。

 教えてやるでは無く、分かって貰うには、誰にでも分かる工夫が必要です。誰にでも分かることが多いほど、その分野は発展しているのです。文書が読みやすいと言う事は、学びやすいに繋がりますし、学びの底辺も広くなります。つまり、無知な人に分からせると言う上から目線だろうと、学びやすい工夫や努力が今でも求められていると思うのです。専門家が専門家然としている時代では無く、誰にでも理解出来る自己努力が専門家にも求められ、怠ればどんな歴史のある文化も幕が引かれてしまうと思うのです。明治に句読点を作った頃は、斬新で評価も薄かったことも、読み手が広がることで一般化して行ったと思うのです。つまり、「素人には分からない」と言うような専門家の分野は、社会では必要ないと言っているのと同じだと思うのです。