知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

福祉の研修は、発表会に代わった。だからひ弱ですの話

  障害福祉では人材育成と何十年にも渡って会議のテーマに上がっていますが達成したことなど一度もありません。それは、人材がいないのではなく、人材が育つ環境も体制も未来もないに等しいからです。そして福祉の現場では、法人経営者の世襲や目立ちたがり屋や自慢屋が経営者に簡単になれるだけで、真の福祉従事者は使い捨てられているからです。実際人材育成として公費を随分つぎ込んできましたし、公的な研修、関係部会の研修も沢山実施してきましたし今もしています。では、その研修は事業所として蓄積されたり積み重ねられて重層になってきたかと云うと何にもありません。研修に行った職員が「良かった、よかった」と言いながら発表会はしますが、事業所としてまとめられ蓄積されるわけではないのです。そして、職員は、数年でやめていくのです。最近の障害福祉の事業者を見ると、約6割が「株式会社・合同会社」で障害福祉の主体だと思っていた「社会福祉法人」は2割を切っているのです。日中活動・就労では、「株式会社・合同会社」が5割で、「社会福祉法人」は3割を切りました。居住でも、「株式会社・合同会社」が4割、「社会福祉法人」が4割と制限がかかっている営利企業が既に非営利の社会福祉法人より社会福祉事業の担い手になっている事を示しています。社会福祉法人が大勢を占めていた時代には、絶対に認められないとしていた「福祉サービスの市場化」「福祉サービスの商品化」が急激に進んでいる情勢なのです。こんな情勢がありながら、未だに人材育成として研修会を開こうとしています。しかも、研修会では、「批判しない」「討論しない」の発表会方式ですから、仲良しグループの井戸端会議を超えることが有りません。すぐそこに「営利可」「利益可」という変幻自在の事業者がそこまで来ているのに「戦うための理論」さえ磨こうとしていない研修を目論むのです。福祉は「みんないい人」なんて虚構の時代はずっと昔に終っているのに、社会福祉法人が9割担い手だった時代の人材育成や研修を夢見ているのです。今必要なのは、福祉事業の担い手として福祉を語り実践している物申す福祉事業の後継者たちなのです。つまり、福祉事業に対しての「一家言」なのです。本来利益の出ないとされる福祉事業で利益が出せるという事は「拡大解釈」し「都合の良いところだけ流用」する事に通ずる方法を多用するしかないのです。だから、障害者を商品の如く扱う事業者に待ったを掛けられるだけの一家言を持つ発言力ある社会福祉法人が必要なのです。福祉事業の公金性は変わらず、制度も変わっていないのに「利益」が出るとしたなら社会福祉法人と言う「非営利法人」がネコババしていたとか、出ていた利益が職員や社会に還元されることなくどこかへ消えていたとしか言えないのです。そうでないなら「営利会社」が適正に利益を生み出せる仕組みを発見したのか明確にすべきことなのです。しかし、そんな特許のような方法ではなく誰にでもできる方法で利益が出るから福祉ビジネスに参入する事業者が多いというのが現実です。社会福祉法人は、少数派になっているのに、未だに研修では職員の質向上が必要であると社会福祉法人が福祉事業の主たる担い手であるかのように振舞って上目目線で研修を企画しています。つまり、一般社会で、民間企業の職員研修を公費で行う事がありますかと問いたい研修企画なのです。もう福祉事業は、社会福祉法人の時代は終わったのです。福祉事業の、「経営上の困難」「利用者の確保」「職員の確保」のどの項目をとっても社会福祉法人は、営利法人より劣るのです。過去に公立公営が社会福祉法人より効率が悪いと非難されたように、今や社会福祉法人が営利事業者より効率も質も悪いと非難されるという状況に入っているという事なのです。もし、職員研修を行うのなら、「営利事業者」と公然と論争できる社会福祉法人職員の育成なのです。ところが研修なんて今では完全に「発表会」という方法で悦に入っているのです。衰退というのはこうして自然にやってくるのかもしれません。