知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

宝塚音楽学校、形から入る形が歪まぬのを願う話

「先輩が利用する阪急電車への一礼、先輩の前での決まった表情、先輩への過度な提出物―。タカラジェンヌを養成する宝塚音楽学校兵庫県宝塚市)が、生徒間に受け継がれてきた不文律をなくした。上級生が下級生を一対一で指導する『伝統』もあったが、下級生に負担が生じていたとして廃止に踏み切った。」という記事が新聞に載りました。一見なんだこれ的な内容で、宝塚に興味のない人からすると何が起きているのかと思う記事です。宝塚歌劇団は有名で、誰もが知っていて、その歌劇団に入るには相当の競争率を勝ち抜いてこの音楽学校に入学しなければならないと言われています。ようやく入った学校でこうしなければ退学だと言われればもう何でもするしかない環境で洗脳されていますから内部告発が原因とも思えません。それに、まず形から入って心を育成するという日本的な育成方法もあり、伝統としての教育方法が一概に悪いとも言えません。職人芸のように、見て覚えろ、技を盗むという事も芸能ではありますから、寮生活で生活の方法などを先輩が後輩に一対一で教えるというシステムの方が、まだ親切だとも言えます。調べると、宝塚音楽学校は2年制で各学年に40人在籍するという小さな集団環境で、ほとんどの人が寮生活者という事ですから、対人関係は相当濃厚で制度の長所と短所が両極端に表れると言うのも当然で、先輩が教え後輩が従うという規律なら、感情的不適合があれば、一対一の上下関係は、ボスと子分並みになってしまう危惧は確かにあります。「学校側は上級生の指導に行き過ぎたところがあったとして、一対一の指導も昨年春に廃止した」という事ですが、伝統としていた柱となる教育方法は、外から批判もされても、当人たちには誇りである場合もあります。他と違うという事とこれがあるから自分たちがあると言う感覚の持ち主たちには、逆に自分たちが否定されていると受け止めかねない対応とも言えます。案外外部からの批判で変更されると、否定された伝統が、変形して陰で陰湿に残っていくこともあります。何故なら、それが宝塚らしさを積み上げていく方法であり、その方法だから出来上がっていた組織だとする自負や自尊心を持つ人からするなら宝塚でなくなると言う危機感と、壊されてしまうと言う被害者意識によってより強固な伝統を守ろうという意識が醸成されてしまうからです。そして、形は同じでも中身が違う組織になってしまうと言う不安と大事なことが継承されなくなると言う危機感にもなります。学校は、「舞台人を目指す同校の生徒としての姿勢や規律を、先輩が後輩へ教え伝えてきたが、近年、部活動などでの行きすぎた指導や、ハラスメント(嫌がらせ)に対する社会の目は厳しくなっている。」「子どもたちの気質も変わっており、生徒の自主性を尊重しつつ、時代にあわせて改善を進めている」と建前としての説明をしていますが、寮生活も、宝塚歌劇団への道もなくなったわけではありません。ですから、その伝統で育った集団に後から入っていかなければならない、今の学生にとってこの伝統を知らないという事は、その伝統で育った宝塚歌劇団に入っていくことは恐怖でしかないと思うのです。先輩と後輩の関係など教員が教えることなど出来ません。形から入っていく組織では、本質を理解させることはとても難しくて育成方法もその組織ならではという事も珍しくはありません。そ結果として時代遅れと言われることもあります。しかし、その組織に参加する人間の時代背景に応じた成育歴が組織の伝統になじまないという事はあまり関係ないと思うのです。違う環境育ちだからそれが新鮮に感じ、本質へと向かわせることが出来るという事も言えます。洗脳という言葉があって宗教などでも悪い意味に使われますが、社会の隅々の組織は、洗脳によって成り立っています。民主主義だって一種の洗脳であって、未来により進んだ社会になれば否定される事だってあります。ですから、その組織を第三者が見て異様であっても、そこに参加する者が、適合できているなら一概におかしいとは言えません。例えば、高野山奥之院の御廟には空海が今もなおそこに生き続けていると信じられ、1日2回食事を届けています。1200年もの間。誰が考えても、1200歳になる人間はいませんし、ご飯を食べるわけなどないのに大人が真面目な顔で粛々と食事を運ぶことはおかしなことです。しかし、信者にとっては大事な事であり普通のことです。それだけでなく、自慢であるという事でもあります。宝塚音楽学校が、何を変えたかったのか、この記事ではわかりませんが、時代に合わせると言っても、変えてはならない形を変えてしまうと歪んだ形のままに保存されそれが変質してしまう事もあります。その時代の世相に合わせるのもその一つの方法ですが、間違えると退廃的になってしまうこともあります。時代が変わっても変えないことで、飛躍できる事業を潰してしまう事もあります。宝塚音楽学校のことなど全く知らなかった素人の知ったかぶりとはなりましたが、組織を変質なく世代交代していくことは、本当に難しいことだと思うのです。