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知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

追って沙汰すると待機させられている東京都福祉局の相談支援資格の話

 しっつこい話ですが、これが最後の東京都福祉局研修の話です。障害者の相談支援者の資格を得るには、唯一行っている都道府県の講習に、個人ではなく事業所として申し込まなければ参加することさえ出来ません。相談支援ですから、様々な経験や知識を駆逐して如何に障害者の人生に寄与できるかが最大の目的となると思って参加すると、演習では身体障害者の方の相談支援で、本人の希望は一人暮らしだから、本人の希望をのみの情報で公的サービス内容を決めていくという一方的なものでした。適正では無いと言ったら、都の指定した一グループのまとめ役に、参加を拒否されて、それを追認する東京都に参加拒否されました。これは明らかに、公的機関の資格と民間機関の資格の違いが分かっていない、小皇帝になってしまった都の職員とその仲間達の思い上がりだと私は感じています。何故なら、公的機関の場合は、その資格に関わる講習の方法が、国からもこの方法以外は認めないと指示されているものでは無く、多様性や柔軟性に富んだものであることが求められますし、思想・信条によって選別されたりするものでは無いと思うからです。民間の場合は、例えば、英語検定と言っても、英検 (実用英語技能検定)、 TOEICテスト、ケンブリッジ英検 、IELTS、 国連英検 、国際英検 G-TELP 、全商英検、英語コミュニケーション能力判定テスト「CASEC」、日商ビジネス英語検定試験、GTEC、時事英語検定試験、TOEFL等々50以上の資格検定があって、自ら検定料を支払ってその資格の権威を買うわけですから、その内容も自分たちの要件を満たさないなら受講することさえ拒否できます。それこそ「金は返すから、帰ってくれ」で済むことです。しかし、都の研修は、都職員の人件費から講師の謝礼交通費から全てが東京都が負担しており受講者は無料で受講できます。つまり、税金で運営しているのですからそれなりの意味があるのです。同様に、音楽療法運動療法にも各会派があって、必要な経費を払い、それぞれの方法手段に従わない者には受講も出来ません。それは、その資格取得によって自分が利益を受けることが出来るかも知れないという設定があるからです。それは、日本の家元制度などでも同じです。しかし、この度の障害者の相談支援員の資格は、受講者は無料と言っても税金を使用して障害者の福祉がよりよくなるための関係者を育成する資格であり、法の理解と障害者への適切なサービスの提供への橋渡し役として実務を学ぶもののはずでしたが、たった一つの方法以外は認めず、云う事を聴かないやつは、排除するというものでした。公的な資格で、少数派の排除は悲しい。香港は中国の一部であるという法律に従っていないと言う事で、議会への立候補自体が認められないと言う事が中国では起きており、少数の意見さえも抹殺するかという記事が新聞にも載っていました。

 私が、言うのは、本人の希望だけがすべててはなく、一番有効なサービスのあり方を工夫したり試行したりする様々な知見が求められるもので本人をサポートするものだと思っています。その中で、演習では実施に当たっての障壁となるものの除去の方法や対処方法など、困難事例を通じて、その方の精神を学ぶべきと思っています。そして福祉サービスの殆どが税金ですからお金のことをきちんと明示すべきだと思っているのです。金銭に関して実務者が十分に理解していることは重要な事と思えるのですが、金銭についての講義は極限られ、演習では行わないのです。(私が参加できたときまでには)例えば、都が提示した事例ケースの四肢麻痺の方の一人暮らしを考えれば、単純、おおざっぱな計算ですが、1日2時間起きにヘルパーに排泄や食事を作る、入浴を行う、家事を行うために来て貰う必要があります。すると、全面介助で一人暮らしですから、1日最低10時間は必要で、1時間3千円としてもヘルパー代は、1日3万円、月90万円が掛かります。施設の入所でも、月30万は掛かります。一方、収入もおおざっぱですが、東京都在住なら、障害基礎年金月8万円、特別障害者手当2.6万円、重度障害手当6万円、心身障害者福祉手当1.5万円で、18.1万程度です。これで賄えない場合は、生活保護となっている場合が殆どです。つまり、この研修でもそうですが、理念を実現するには、お金が必要で、そのお金がどこから出てくるのかを語らなければ、ただの理想を語っているだけになるのです。ヘルパー代だけでも月90万円かかったなら通常は生活できません。それを家族が支えているという事実にも目を向けていかなければなりません。生活は、お金がなければ成り立ちません。費用を語らない福祉の実務などボランティアで行えと言うほどたちの悪い話なのです。障害者の権利を守ると言っても公的支援は安定していますが、社会資源と言われる資源は不安定なのです。潤沢な資金があるなら、何でも聴いてあげたいが、限度がある事では、与えられた条件の中でベストを尽くすしかないのです。それを一緒に考えなければならないのです。お金の話もせずに理想ばかり演習して、現場で戸惑うのは、相談員です、しかもその相談員の給料は、理想を追うにはほど遠いことを、高給を頂いて勤務時間の中で業務が終わるだろう都の職員には理解出来ないのです。

研修のあり方に一言言えば、参加を拒否され、参加の継続を求めましたが、参加を拒否された部分は受講できていないので、その場で追って沙汰する結果を待てと言われました。受講拒否されて資格も得られなかったときの不利益の回復と権利を守る為に文書で結果は頂きたいと言うのが精一杯でした。障害者の権利を守るための研修であり資格だと大上段に構えながら、一人の暴れても妨害してもいない受講者の参加権利を奪い、一つの方法しか認めないという正にガリレオの裁判の様に口で言わずに心で叫んでいないと資格は与えないと言う事が起きています。障害者に拘わる人こそ、多様性と柔軟性のある権利感覚を持って貰いたいものだとつくづく感じてこの話は終わりです。