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知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

鼻をすすっていると病気になるぞの話

   電車の中で、隣に座った若者が鼻をすすっています。見てみると携帯電話を一生懸命いじっていますから、尚更鼻が落ちてきそうです。鼻をかめば良いのですが、そんな素振りもなく、携帯に熱中しています。臭いも気になりますが、臭いは、なんとなく慣れてしまうと言うか一緒の時間が経過すると馴化して鈍感になるところがあります。しかし、終わったかなと思うと、次ぎ次ぎに繰り返される鼻すすりには、気が散って、気になって、だんだんにイライラしてくるものです。鼻すすりが嫌な人が、自分が鼻炎になったり風邪を引いたりすると、鼻にティッシュを詰めて、マスクを掛けて口で息して窒息しそうになるまで頑張る人もいます。しかし、そんな意識のない人は、人がどう思うかはお構いなしに、鼻すすりを行って、癖になっている人もいます。しかも、疾病時のようにどくどくとは出ているときは、本人も少しは不快で気にしますが、ちょっと粘液としてすすれば鼻の中に止まっていそうな状態だと、すすり上げる事を、無意識のうちにおこないます。鼻すすりは耳ぬき(鼻をつまんでいきむ)とちょうど逆の行為で、鼻すすりは実は健康に悪いのですが、癖となってしまうと、中々止めることが出来ません。鼻と耳(中耳)は「耳管」という細い管でつながっていて、鼻すすりは鼻の中の鼻腔などにある柔らかい粘液の鼻汁を吸い上げようとする行為ですが、吸うために使ったた空気の空気圧が、耳管から中耳から鼓膜にまで達してしまいます。すると鼓膜は引っ張られることを繰り返されるので、しだいに中耳側にへこんで各種の中耳炎を発症することもあるのです。耳には音楽プレーイヤーを当てながら、鼻ススリを繰り返していると、中耳に疾病をもたらし耳のきこえが悪化することもあります。つまり、鼻すすりも癖だと言っていると、かっこわるいだけでなく、病気にもなりかねないと言うことです。鼻水と言っても、透明から、灰色、黄色、緑と色々ですし、すする間もないぐらいに、つーっと水の如く出てくるのから、鼻にあるのだけれどかんでも中々出てこない粘着性の高いのまで色々です。昔の子どもは、ティッシュを持っていませんでしたので、やや粘着性のある鼻水が、鼻から出たり入ったりとしていたこともありました。問題は、鼻水の状態が、鼻の粘膜の炎症や慢性的な疾患によって出ていますから、一時的なものなのか、鼻腔に溜まっている膿なのかによっても大きく違いますが、目・鼻・口などには神経が細かく多数有りますから、炎症したり、刺激があると反応して、頭痛なんかも起きやすくなります。一時的な場合でも、鼻水の中に、ウィルスや細菌が一杯入っていますし、アレルギー物質の花粉やゴミがあって鼻から出そうとしているのですから、素直に出してあげるのが一番です。長く鼻ススリをしていることで耳の疾病となることもあります。

 鼻すすりは、本人の不快以上に実は周りをイライラさせます。咳もそうですが風邪でも引いているのなら移されちゃかなわないという不安を周囲が持ち、どんなにいい人でも嫌な人になってしまいます。アレルギー性鼻炎や慢性副鼻腔炎だと、癖になってしまっている人もいると思うのですが、鼻すすりの合間には、面倒くさがらずに鼻をかむとか、マスクをするなどと言った他人への配慮も必要だと思うのです。なぜなら、疾病だとしても、隣でマスクもせず、携帯をいじって鼻ススリをしているとやっぱり善良な隣人とは思えなくなってくるからです。