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知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

伸びと縮みが同時でないと関節は曲がらないの話

 人間の関節は、てこの原理で動いています。てこには3種類あって,それぞれに特徴の違いがあり、人体という体で利用するには、有利な運動も不利な運動もあります。人体で多く使われているのは、力学的有利性では劣りますが、力点の変動によって速度や荷重点の移動 (変位) を生み出すことに都合の良い「てこ」を活用しています。人体のてこは、骨と骨の連結部 (関節) を支点として,筋の付着部を力点,身体各部位の重心点を荷重点としている「てこ」の種類が多く使われます。つまり、骨と筋肉と身体各部の調節によって関節が動き、人体を動かすだけでなく、荷物を持ったり、力を出したりも出来るのです。そこで大切なのが、筋肉の動きです。てこは、棒を使って一つのところを押すともう一つにより大きな力が伝わるという原理ですから、棒役の骨はがっちりしているだけで、この棒に力を加えるのが筋肉となります。人体の場合は、押すと言う事よりも引くと言う事で、力を伝えます。ですから筋肉を引くと力が伝わり関節は動くのですが、今度は戻す機能が無ければ、曲がったままになってしまいます。自力で戻せなければ、右手を曲げたら、左手で戻し、その左手を右手で戻すなどとマンガみたいなことになってしまいます。つまり、動くと言うのは、元に戻ることが出来ると言うことが出来なければ、なりませんから、戻すために、 関節には骨の両側に筋肉が付いています。回りくどくなりましたが、関節は、てこの棒となる骨の表面に筋肉が付いていてその筋肉の縮み(引っ張り)と伸び(弛緩)によって動いているのです。しかも、両面の筋肉は、絶対にバラバラの動きをせずに、全く完全に、伸びと縮みを行うのです。筋肉は、関節が曲がって仕事をする時、別々の筋肉なのに、全く反対の行為をすばらしい呼吸で行うのです。それが出来ないと、関節は曲がることなく、真っ直ぐになったままです。そう言う状態を硬直していると言います。

 人間関係では、目的を同じであっても、それぞれの筋肉の動きは中々呼吸が合わなくて、自由な関節の動きが出来ず、昔のロボットのようなカクカクとした動きしか出来ない事ばかりです。時には、硬直してしまいます。教育や福祉の支援者が、学生や利用者と対峙したとき、引っ張り続けたなら、関節は曲がったままで硬直してしまい仕事は出来ません。相手が伸びたらこっちは縮む、相手が縮んだらこっちは伸びるそんな対応が教育や福祉では必要です。俺が教える司令塔だという感覚や見てやっていると言う感覚になると、伸びのタイミングも、縮みのタイミングも分からなくなります。つまり、対人関係では、自分と相手の関係が、肋骨のようなじっと頑張っていれば良い関係なのか、関節のように何かを動かして仕事をして行かなければならないかの対応が常に突きつけられるのです。そして、複雑な関節の動きの中で、苦しんで仕舞う人も出てくるのです。伸びるときも縮むときも、力まないで緊張しないで出来るようになるには、ずるさや遊びも必要になります。でもそれが分かるのには、相応の経験が必要だと言うことですが、自分を守る範囲にしないと自分自身が硬直して動かない関節になってしまいます。リラックス出来ないと、関節は自由に動きません。