読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

心技体とはキャツチコピーの話

  心技体と言われると、まるで日本武道の神髄かのように思い込んでいる人もいますが、これは良く出来たキャッチコピーに過ぎません。これに似た言い方は様々ありますが、武道の奥義書にこの様には書かれてはいません。軽い感じの、キャッチコピーであっても、真理を言い表しているものもありますが、この心技体は、武道の真理ではありません。かっこよく、武道では礼に始まり礼に終わるなどとも言いますが、それは武道ではなく、演武に過ぎません。武道は、勝たなければ意味がないだけでなく、体重や年齢や性別も関係ない生死のやり取りをするための技術ですから、礼儀作法など関係ありません。生死に関わらないことが分かっている試合ですから演武に過ぎないのです。では、何故こんなに「心技体」が有名になったかというと、「いち、にの、さん」と言う、パターンが万人受けするからです。受けが良い語呂合わせと、妙に言い当てている感じが心地よいからです。この三拍子パターンは、実は沢山あるのです。普段使う、 大・中・小を初めとして、教育では、知育・徳育・体育、行動では、理念・理論・実践、とか、欲求・計画・行動、ビジネスでは、計画・実行・評価と言うように、わざわざ説得用に組み合わせるのに、三拍子にして説明することが多いのです。三拍子は、覚えやすく、要点を的確に突いているように感じさせるのです。最もわかりやすいのは、「やすい、うまい、はやい」なんてキャッチコピーです。これに合わせて、三位一体などと無茶なこじつけをすることも案外見られます。キリスト教の中でも「父と子と聖霊」の関係は難しいのに、三拍子・三位一体ごちゃ混ぜにして、かっこつけて説明することもあります。心技体は、柔道の外国説明から始まったという説もあります。でも、この柔道の流派は、「精力善用」「自他共栄」という教えがあって、オリンピック金メダル至上主義ではありません。今心技体が満たされれば、勝利すると教える指導者とは全く違う教えがあります。

 心技体という言葉が、一人歩きして、日本スポーツの神髄のように言われますが、そんなことは有りません。日本の武道の神髄でもありません。こんなキャッチコピーに説得されて心を磨けなどと精神論や大和魂だとか、サムライ精神なんてことを押しつけなければならない程度の指導者には理論がないからです。相手に勝つための技を培うのではなく、世の中の役に立つ修行を行い、自分の技を磨くだけでなく後輩を育てろと言うのが人を殺すための武道から、人を生かす武道への転換を図ったはずのキャッチコピーでしたが今は違う道を歩んでいるようです。