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知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

アリバイとしての防災訓練の話

  人間は慣れていることでも、パニックになれば、判断ミスを犯します。何故なら、機械ではない人間は、目の前にある現実に必ずしも冷静に選択肢を選ばないことが起きるからです。ですから、仮想の訓練を片手間に行っても、咄嗟のときは、訓練に基づいた行動を必ずしも選択するとは限りません。パニックは、訓練不足で発生するのでは無く、直面する状況の内容や大きさで起きます。防災の専門家達は、訓練をしないよりやる方が良いと推奨しますが、防災訓練の効果・成果の提示はしません。もちろん専門家には訓練が必要です。消防職員や消防団員は、現場に駆けつけますが、自分の家が燃えているわけではありませんから客観的行動が出来ます。訓練に見合った行動が出来ますから、訓練が必要です。しかし、一般人が具体的にどんな災害あるいは火災に合うかもわからないままに、年に数回の訓練で事故発生時に訓練に見合った対応や効果的行動が出来るかと言えば、まず慌て総合的かつ適正な判断が出来るとは思えません。むしろ訓練時のうる覚えでの間違えや既に否定された間違った対応さえすることがあります。殆どの人は、火災などの事故に遭遇することはありませし、訓練効果を発揮する場に遭遇出来ませんから、いざ遭遇すると冷静ではいられないのです。それは、何度も練習し、試験だとわかっている各種の実技試験に際してさえ誰もが緊張するし、実力を出し切れないものだからです。さらに、訓練では全体の動きが知らされていますが、現実の発生時には、全体像を理解することは情報としても出来ません。自分の直面しているところしかわかりませんから、壁一枚向こうへ逃げれば助かるなんてことがあっても壁を破ろうとはしません。後になって聞けばわかることでも、その時は必死で分かるはずもありません。だから防災訓練は、気休めの訓練、アリバイとしての訓練と言えます。

 また、火災などは、放火・タバコ・コンロ・放火の疑いで約3割、その他と不明で3割と、明確な原因の除去が、出来ないのです。起きてしまってからどうするかと言う事で、防災訓練は逃げる訓練なのですが、逃げることは移動することで移動することは危険が伴います。だから、防災訓練で事故が起きているのです。学校では死亡事故もありました。では、一般の人がパニックにならない条件は何かと言えば、時間です。危険の迫る時間が短いほど、焦ります。猶予時間が、長いほど適切な対応がとれます。また、応援(消防隊とか)が来ると言う安心感が適切な対応へと繋がります。待っても大丈夫と言う時間の猶予がどれだけ持てるかに対応がかかってきます。ですから、防災訓練よりも、早期発見が一番防災には重要です。早期発見できる設備が一番重要です。訓練を必要とするような設備は、緊急時には役に立ちません。訓練しなくても使用できる設備の方が遙かに必要です。けたたましいサイレンが鳴って興奮させるような防災設備にこそ問題があります。人が冷静に反応できる、設備が必要だと思うのです。そんな、設備の不備を、防災訓練などというアリバイ作りで誤魔化してはならないと思うのです。