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知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

容器が時代を変えていく話

   時代の変化には、権力者が主役になりがちですが、本当は道具の変化が、時代を変えています。例えば、縄文土器と弥生土器はどう違うかというと稲作だと教わったりしますが、稲作は、縄文時代にも既に行われていることは今日の事実です。土器の使用目的は、煮炊きや貯蔵ですから、稲作になったからとデザインを一新する必要もありません。土器は、今で言う土鍋のご先祖様ですから、用途目的や素材の変更、技術の革新がなければ、大きな変化を起こすことなどありません。稲作が、進歩で、狩猟採取が未開でもありません。生活のしやすさに道具は合わせ変化していきます。中でも、容器は、生活に密着していますから、素材も地場の物が主となります。他の産地の材料では、貿易の対象となり、移送費や手数料が、上積みされて高価な物となります。日本の場合は、木工製品(椀や皿、桶、樽) 粘土製品(瓶、壺)、繊維製品(風呂敷、袋、)・竹製品(かご、皿)、金属製品(鍋・釜)という状態でした。それは、ずっと昔の時代から政権が変わっても変わりませんでした。明治維新が成功したのは、この生活の容器が変わるからなのです。生活の椀は、木地師と言われる職人集団が、山の中で谷水の水力により、ろくろを回して木をお椀や皿にしていました。高級品は、漆などを塗りますが、庶民用には、ハゼから作る木蝋を塗って使用していました。これに変わって、陶磁器やガラス製品を日常生活に使用できるようになったのは、安く大量生産できる技術の革新が行われた、明治以降なのです。もっと、劇的な生活の変化をもたらしたのは、石油製品によるプラスチック製品の席捲です。多くの生活用品製造業が、工芸品にされてしまいました。安価で、大量、雑多な様式・形式も製造できる容器製品に社会は溢れました。この事で生活は大きく変化し、時代が変化します。

 生活容器が安価で簡単に手に入るようになると、生活容器への執着が低下します。大事にするしないでは無く、それしか無いから他にもあるに変化し、執着が無くなり移り気的になります。一品しか無いから、何でもあるに変わると、価値ある物しか大事にしないという一方で、勝ちの薄い物の回転を好むようになります。つまり、不変より変化が好まれます。静止画としての写真では無く、動画ヘと移行し、動画は次々と変化しなければ飽きたと言う事になる様に、感覚感性が動じないものを見つめることが苦手になってきます。空を見て「おーい雲よ」なんて言っているのは暇人その物になって仕舞います。容器の変化が、社会全体を飽きっぽくし、情報過多の容器が、時代を大きく変えようとしています。