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知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

過保護の法律でも網羅出来ない安全の話

 何か、 詐欺的な問題が出てくると、法の不備、ということで、新しい法律が出来てきますが、犯罪者は、出来た法の不備をついて次の犯罪をします。法の監視人をいくら増やしても、違法行為は次々と現れます。にも関わらず、日本は、法が守っている法治国家だと思い込んでいる人がいますが、法で安全は確保できません。守られているなどと自衛本能を眠らせていたら、冤罪にあってしまいます。例えば、交通法規。沢山ありますが、あなたは守られていると感じますか。事故に遭遇した人は、不公平や不備を感じ、交通法規で安全は守られていないと実感します。私たちは、日常的に接しない分野にはみんな疎くて法律が多すぎて、専門性が高すぎて分からないから守られていると思い込み、法整備で守られると勘違いしているだけです。飲酒運転は、法が禁じているのですから起きるはずがありません。でも、摘発されるのはほんの一部で飲酒運転している人はもっといるという認識を誰もが持っています。つまり、捕まるまでは大丈夫と言う人がいるのです。それは、詐欺もそうです。捕まるまで大丈夫で、捕まっても刑に服して出てきても、履歴書の必要な就職では前科と言われますが、詐欺師には履歴書の提出はありません。個人情報としての前科は、関係者以外誰も知らないのです。あなたの隣人が、詐欺師や粗暴犯や性犯罪者(特に幼児)、軽犯罪者だったとしても本人が言わない限り分からないのです。そして、再犯する人は、捕まるまで実行すると言う事です。一方で、日常生活でも本物と偽物を自分の目で、舌で確認出来る学習は全然していないと言う事です。ですから、何の根拠も無くてもランキングを信じてしまいます。疑っている人でも、参考にします。この事は、情報社会では、自衛できないぐらいに情報が溢れていると言う事でもあります。そして、法律で何とか守るべきと云う人が出てきますが、出来た頃にはもう次の段階へと移行してしまっていて守ろうにも守れないと言う事が繰り返されます。

 日本は、平和で法律によって守られているのだから法律を守っていれば、自分は守られているというのは全くの思い違いです。過保護ぐらい法律が増えていますが、法律では網羅出来ないほど安全では無い事例は増えています。安かろう悪かろうなんて合い言葉は、少し昔は誰でも知っていました。でも今は、「わけあり商品」と言われたら、最低法律を守った商品だと疑うことをしなくなりました。中国の商品などを問題視したり笑っていても、それは数十年前の日本の姿でもあります。法律で安全は確保できているなどという根拠の無い過信よりも、まだまだ、自己防衛本能を捨ててはならないのです。疑うこと、調べること、判断することが、経験値の減少とともに低下していると思うのです。