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知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

広がれば薄くなる話

 どんなすばらしいことでも、広がれば、類似品が出て、偽物が出て、異物が出てきます。例えば、日本食、寿司、日本文化、海外で知られるように頑張って広報して、知られてみると今度はテレビで、あり得ないこんな寿司などと、驚きの映像を流しています。では、イタリアから見るとナポリタンなんてイタリア料理じゃ無いと言われるでしょうし、カレーだってインドのどこの料理なのと言われかねません。商品というのはアレンジしてその地の人の要望に合わせなければ売れません。広く知って貰うと言う事はアイデアを提供すると同じことです。過去には、柔道着の色で日本は白を主張しましたが世界では通用しませんでした。日本人は、今まで外からアイデアを貰って発展させた物が沢山あります。その時は何も言いませんでした。自分たちの寿司が海外でとんでもないことになった途端に本物はなどと言っても何の意味もありません。魚の生食と酢飯という食べ方のアイデアを提供したに過ぎないのです。それが嫌なら、特許でも取って免許制にして世界中取り締まるぐらいの覚悟が必要です。文化は、発祥し成長し変化し再生を繰り返していると思うのです。

 同様に、どんなことも師匠から弟子に、弟子から孫弟子に至る過程で、変化し純粋では無くなっていくというのがこれまでの歴史でも実証されています。宗教の分派だって死んでしまった教祖が生き返って私の言っていることはこうだと一言言えば済んでしまうことでも戦争になって仕舞う場合があるほどに変化してしまうのです。誰もが同質、同量に理解するなんてことは無いのです。広げることは薄まるというリスクを伴うことをはじめから確認していないとこんなはずじゃ無かったと言う事になるのです。沢山の人が知ってくれるのは良いことだとばかり浮かれていると全く違った異質の物が戻ってきてから慌てても遅いと思うのです。