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知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

縁起担ぎの話

 縁起が悪いと言うだけで悪役にされてしまうことは数々あります。人は不安の解消と期待を込めて縁起担ぎをします。語呂合わせやげん担ぎなどもあります。ところがその起源も曖昧で、時代背景で意味が全く違っていることもあるのです。それでも縁起担ぎは、変幻自在に変化しながら続いています。気分の保険と言っても良いかもしれませんが、何かあったときに「やっぱり」「だから言ったじゃないの」と脅されるのであとの祟りを恐れて縁起担ぎは廃れること無く続いています。元々「縁起」は仏教用語の「因縁生起」から来ていますが、時代で解釈も変化し、庶民の中では縁起担ぎのように吉凶に使用されて、人の不安につけ込んだ安心の護符商売になって仕舞った場合もあります。例えば四は「死」だとか九は「苦しむ」から縁起が悪いと言いますが、同じ仏教では、仏を守るのは四天王(してんのう)といいますし、大事な仏を四菩薩(しぼさつ)とも言います。古代でも、四神(ししん)は、神獣ですし、四天(してん)は東西南北です。五重塔なんかの屋根の上にあるのは九輪(くりん)と言い、縁起悪いと言ったら叱られます。単なる読みの発音だけのことが、案外生活に影響していることが縁起担ぎだと思うのです。

 つまり、人は脅しに弱いのです。人は自分の不安を指摘されることが一番苦手です。そこをついて脅すのはよくありません。縁起は個人で担げば良いのです。人に押しつけたら縁起では無く脅しになります。日本語の良さは応用力で、四を「し」とも発音するのですが厭がる人用に「よん」とも発音できるようにしています。縁起担ぎは、個人の思いで行っているなら個性ですが、人に押しつけたら迷惑だと思うのです。