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知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

人間相手は腹が立つの話

 喜怒哀楽愛憎と言って人間には感情があると言われます。他にも言い方はあるのでしょうが怒りは良い方の感情とはあまり思われていません。でも、対人関係では怒るまでの表現が出来ないだけで腹が立つことは至る所にあるのです。神仏だって怒りの相をしますし、自然だって怒ると表現されます。考えてみると、喜びも悲しみも個人の中で処理して貰えば良いことですが、怒りは感情の中では外へ向けた棘の様なものです。自己の中では我慢となるのでしょうが表出した場合には、暴力・破壊等々と外への働きかけとなります。そして、実際の生活での対人関係では怒りの方がおおく危険だからセーブする機能が社会として必要になったのだと思うのです。教育の心の指導は怒りの抑制です。喧嘩なんか始まったら大変な問題として受け止められます。喧嘩をしないは大事な標語です。だから、どのように制御処理するかの機能を学習させるにあたって、我慢できなかった人が、悪人になって仕舞いまう事が多いのです。人は自分勝手なのですから自分の思い通りにならなければ腹が立つのです。だから複数の人間がいれば全員が同じ感情にはなれませんから腹が立つという事はあるのです。赤ちゃんがかわいくても泣いているときは腹が立つてもおかしくは無いのです。

 それなら、人と人が接する対人関係では腹が立つと言うリスクがあるから引きこもっていた方が良いのでは無いかとなって仕舞いますがそうではありません。腹が立つのは受け止められないからだということから始めた方が良いと思っているのです。つまり、受容、受け入れられる「愛おしい」と言う感情を育成することが、制御する意識を育成するよりも効果は高いと思うのです。我慢する訓練では無く、好きになる感覚を育てる方が大事だと思うのです。受け入れるという感覚が大きいほど腹が立たないと思うのです。人間はとんでもないようなものまで好きになれる感情を持っているのですから。