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知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

喩えが一方的な話

 肉牛や養豚の酪農家が、販売する牛や豚を「子どもを育てるように」などと喩える場合があります。それほどかわいがって育てたという意味でしょうが人身売買が戦後の日本にもあったことを知る人からすればひどい喩えです。生産物の専門職ですから、動物であれ、魚であれ、植物であれ、個人的感情で対応していたことを生産品の品質の説明に利用するのは適切とは思えません。生き物を育て販売して生活すると云う事は、自分の生活のために利用しているのですから感性感覚で製品評価を訴えるのでは無く技能や独創性や特異性を説明すべきだと思うのです。

 自分の生活のために指導者になったなら、育てたという感覚では無く、育てる責任があり育てられなければならないと思うのです。その為の指導法を常に改善し革新していく研究者であり、探求者であるべきとと思うのです。指導者になることが目的になってしまうと人は育たないと思うのです。