知ったかぶりの話し

知ってるつもりの思い込みの感覚に、非常識な横やりを入れて覧る試みです

指導者の思い込みの話

 選手が思い込んで自分勝手な練習をしても、結果は自分が責任を取ることになります。勝ても負けても。指導者が思い込んでしまうと、受けた生徒や弟子や実施した人が責任を取らされると言う事になってしまいます。負けたとしたなら、云うとおりしなかったから、教え通りにやらなかったから、能力が低かったからとなって指導者の手段や方法に問題があったとは云いません。例えば「ウサギ跳び」私らの年代では繰り返しやらされていました。過去のテレビ青春スポーツ番組なら必ず出てきます。でも今は膝を痛めるとしてやらせる指導者はいなくなりました。では指導者が間違っていましたと認めたかと云うとそうではありません。何も言わなくなるだけです。指導者は指導する事に真剣に向き合っていなければ必ず他人に迷惑を掛けてしまう、自分の云っていることは本当に正しいのかを繰り返して自問していなければ、思い込みを押しつけて実験しているだけになってしまいます。

 テレビドラマの刑事物で主人公が思い込みで事件を解決していますが、外れれば冤罪そのものになりかねない危険を持っています。自分ではない他人にものを言うなら、その倍ぐらい自問する事も指導者なら必要だと思うのです。手段と方法の工夫と開発は絶対に必要です。